*** Diary(July) ***
 
2002/07/22
MON
午前10時  アカデミックな喫茶にて
 今日は、現代の経済学という一般教養科目の試験である。高校時代の友人も同じものを受講している。彼は理学部なのだが、彼の方がこの科目には強い。なぜなら、数学が出てくるからだ。過去問はあれども、解答が完全ではない私。一番だけしか解けない。昨日、その友人から電話があった。二番、三番は分かるが、一番が分からん。彼がなぜ分からないのか私は不思議に思った。試験の半時間前、この喫茶店で直前講習をした。友人は予備校の講師をしているだけあって、教え方がうまいのか、二番はすぐに理解できた。授業料として、珈琲をご馳走した。もし、二番と同じ形式の問題が出たら、20点が300円ちょいで手に入ったわいと私は笑っていた。しかし、試験には、彼に教えてもらった問題は出ず、私が教えた問題が出たのであった。





 
2002/07/19
FRI
午後1時  鞠小路通りのイタリアンにて
 
数学基礎は、つまらん。しかし、この科目は二限続きであるため、もし勝てば、単位は普通の倍得られる。つまり、ボーナスステージである。過去問も揃えたが、解法が分からないので、理系の友人に前もって聞いておいた。彼は、すぐに解いた。理系だったら、この積分は基本だよと言われた。自筆のノートは持ち込み可だったから、教科書の大事そうなところは書き写した。掃き出し法と逆行列の計算は訓練しておいた。試験は予想とおりの問題が出た。そして、友人に解いてもらった問題と同じ形式の問題が出ていた。それも、分子が二倍になっている以外に違いはなかった。これは儲けた。このボーナスステージは負けるだろうと 思っていただけに驚いた。いやいや、笑いが止まらん。試験後に行ったイタリアンでも、私はそれを思い出しては笑っていた。



 
2002/07/17
WED
午後7時  食堂の裏の自動販売機にて
 
今日は六時頃からフランス語の文法の試験であった。この単位は落とすわけにはいかない。前々から準備していたが、出来は予想より悪かった。問題が難しかったというよりも、高得点を取らさないようにしようという問題作りであった。括弧内の条件に従って文全体を書き換える問題の配点は、たった2点。仏作文は出なかった。過去問を見る限りでは、毎年活用形を書かせるのに、今年は出なかった。やばいなぁといいながら、紙コップのコーヒーをすする。今日で試験が終わりだという友人は東京に帰るため、旅行用のかばんを持参していた。 夜行バスで帰るのだという。彼も試験は予想したほど良くなかったようだ。コロコロコロという駒の音が、寂しく聞こえた。



 
2002/07/15
MON
午後2時 パソコン室にて
 大雨により3限のスポーツは休講になる。4限は休講と言われていたものだから、2つ連続で休みとなった。明後日がフランス語の試験だから図書館で勉強といきたいところだが、うちの大学の図書館は、いまいちクーラーの効きがよくなくて、行く気がしない。また人が多く、外より暑くある意味で監獄である。すると、パソコン室となるわけである。対照的に、ここは環境が良すぎる。液晶の機械の席で、優雅にここの更新をするというわけである。




 

2002/07/13
SAT
午後3時 万博記念公園にて
 大学の少人数セミナーも今日で最後を迎える。食文化と食生活の考察の最終回は、国立民族博物館で石毛直道氏の話を聞くことであった。せっかくの機会だったから、食の空洞化という現代社会が持つ病理について質問した。博物館は、思っていたよりも大きな建物で驚いた。世界のさまざまな地域の服や農具や仮面だけでなく、秤や分銅も展示されていた。分銅は、さまざまな形のものがあって、チョコレートの詰め合わせのようであった。
  その後、日韓の交流の一環として、韓国の李さんの暮らしというものを見た。韓国の暮らしをあるがままに展示していると言っていたが、本当にその通りで、アルバムや成績表や下着まで展示されていた。最後に、韓国の伝統的な服を着て記念写真を撮った。皆が揃って同じクラスで授業を受けることはないと思うが、私にとってこのゼミはささやかな楽しみであったのは間違いない。




 

2002/07/12
FRI
午後1時 アカデミックな喫茶にて
 つまらん数学基礎の授業も今日で終わりである。後期は取らないことにした。4月、一回生向けの経済学か、クラス指定の数学かどちらを取るか迷ったが、一般教養課程の事務員のいうことを聞き、数学にした。これは正しい判断であったのか。クラス指定は、受講が望ましい科目であり、必須ではないということを5月くらいに理解しだし、私の判断は誤っていたと思っていた。しかし、その一回生向けの経済学で苦しんでいるクラスの人間を見ると、数学でよかったのかもしれないと思うこの頃である。今日は、経済学の試験であったから友人に問題を見せてもらった。問題は乱雑な字で走り書きされていた。ひょっとしたら、この教官は行きのバスの中で問題を作ったのかもしれないねぇと言いながら、カフェ・オ・レとうまいクロワッサンをいただいた。




 

2002/07/11
THU
午前11時 いつもの店で
 今日は一限が試験であったため、いつもは睡眠時間を補っている京阪特急の中でも、寝ずに最後の調整を行い、試験に臨んだ。すると、特急の中で書いたものが出た。もうけた。気がつけば、朝飯を食べていなかった。朝昼兼用でいつもの店へ行くと、「珍しいねぇ、いつもは金曜日なのに」といわれた。毎週行っているだけあって、顔を覚えてもらったようだ。試験もうまくいって、昼飯もうまいので、ささやかな幸せを感じた。




 

2002/07/05
FRI
午後0時 いつもの店で
 今日の日替わりは、メインは以前と同じであった。ただ、その比が違っていた。今日は豚と茄子が半分半分であった。前回は、豚6茄子4であった。この差異は作り手が違うことから生じたのであろう。まぁ、豚の比の指導までしていないかとも思っていると、突然、店の姉ちゃんに「もうすぐ七夕ですね」と言われた。そうか七夕か。そういう行事があることすら忘れていた。見ると、本物の笹ではないが、おもちゃの笹が飾られていた。本物の笹は近くに売っていなかったらしい。今のところ、短冊には、ひねくれたことしか書かれていないという。「願いありますか」と聞かれて、私の頭に浮かんだものは、所得倍増計画という熟語であった。書かなかった。思えば、私は大学に入ってから、「願う」ということをしていない気がする。




 

2002/07/04
THU
午後5時 コーヒーの名店にて
 4限のフランス語さえが終われば、今週も終わったようなものである。友人が授業が終わったら、イノダコーヒーの本店に行ってみないかというので、行くことにした。自転車で行く友人もいるため、一度大学の近くで別れた。私と友人は京阪に乗り、三条大橋の上でまた会うことにした。三条の駅から、河原町通りを過ぎて歩くと、道は少し細くなる。そして、南船場にありそうな雰囲気のカフェがごろごろある。さらに歩けば、いかにも京都という雰囲気が漂う。こういうところに住みたい。友人は、バイトで金を稼いで、早く隣の部屋の夜の音が聞こえる下宿から、引っ越したいという。結構歩いて、ようやく目的の店に到着。雰囲気のある店である。
  少しぜいたくにウィンナーコーヒーを頼んでみた。ウィンナーというのは、さて何であったろうか。ウィーンのほうでは、これがよく飲まれるということなのであろうか。また、お子ちゃまと言われるかもしれないと思い聞けず。